2025-10-31 ベンチャー法務入門:スタートアップが必ず知っておくべき法的知識と実践ガイド
作成日: 2025年10月31日
ベンチャーにとって法務は、事業成長の守りの要となる「縁の下の力持ち」です。将来のリスクを先回りして潰しておくための、重要な投資だと考えてください。創業期に「これくらい大丈夫だろう」と見過ごした小さな法務上の問題が、後の資金調達の失敗や、最悪の場合、事業停止につながるケースは決して少なくありません。
この記事では、ベンチャー企業が直面する法務の課題を、事業フェーズごとにわかりやすく解説します。複雑な法律の話を、具体的な事例やチェックリストを交えて説明することで、読者の皆様が「何を」「いつ」やるべきかを理解し、次の一歩を踏み出す手助けとなることを目指します。
なぜベンチャーに法務が必要なのか
「今はプロダクト開発が最優先だ」「法務なんて後回しでいい」。多くのベンチャー経営者が一度は考えることですが、これこそが大きな落とし穴です。事業の土台がぐらついたままでは、どんなに素晴らしいプロダクトを生み出しても、その価値を100%発揮することはできません。
法務は、単にコストがかかる面倒な手続きではありません。むしろ、会社の信頼性を高め、事業という城を守るための「攻めの武器」にもなり得るのです。
法務を軽視した企業の失敗事例
ここで、あるITベンチャーの事例をご紹介しましょう。創業者のAさんは、友人のBさんと一緒に画期的なアプリを開発しました。二人は意気投合し、役割分担も口約束だけ。株式の分け方についても書面を交わすことなく、事業を走り出させました。
事業は順調に成長し、やがて大型の資金調達の話が舞い込みます。しかし、投資家によるデューデリジェンス(企業の精密調査)の段階で、創業者同士の契約書がないことが致命的なリスクだと指摘されてしまいました。これをきっかけに株式の所有権をめぐってAさんとBさんの意見が対立。あれほど固かった信頼関係は崩れ、投資話は白紙に。事業も停滞してしまいました。
このように、創業初期の「まあ、大丈夫だろう」という軽い気持ちが、数年後に取り返しのつかない事態を招くことは、残念ながら珍しくありません。特に契約書や知的財産まわりの手続きは、後から修正しようと思っても非常に難しいのです。
法務体制を整えることの具体的なメリット
早い段階で適切な法務体制を整えておけば、リスクを避けられるだけでなく、事業の成長を後押しする多くのメリットが生まれます。
- 信頼性が格段にアップする: きちんとした契約書や利用規約があるだけで、取引先や顧客からの見方が変わります。
- 資金調達がスムーズに進む: 投資家は、法的な懸念が少ないクリーンな会社を好みます。整った法務体制は、それ自体が企業価値を高めるアピールポイントになるのです。
- 厄介なトラブルを未然に防げる: 従業員との労務問題や取引先との紛争を事前に防ぎ、経営者が事業に集中できる環境をつくれます。
- 競争で優位に立てる: 特許や商標といった知的財産をしっかり守ることで、他社の安易な模倣を防ぎ、マーケットでのポジションを確立できます。
近年、日本でもスタートアップの数は急増しており、法務体制の重要性はますます高まっています。経済産業省のデータを見ても、スタートアップの数は2021年の約16,100社から2023年には約22,000社へと大きく増えました。競争が激しくなる中で勝ち抜くには、法務という守りを固めることが不可欠です。
法務は、事業を守る「盾」であると同時に、未来への扉を開く「鍵」でもあります。自社の状況に少しでも不安を感じたら、一度専門家に相談してみることをお勧めします。
事業フェーズで見るベンチャー法務のロードマップ
ベンチャー企業の成長は、決してまっすぐな一本道ではありません。事業が大きくなり、仲間や取引先が増えるにつれて、法務に求められる役割もどんどん変化し、複雑になっていきます。
この変化の波に対応するには、自分たちが今どの地点にいるのかを正確に見極め、次にどんな課題が待ち受けているかを予測して備えることが不可欠です。
そこで、企業のライフサイクルを「創業期」「成長前期」「成長後期」という3つのフェーズに分けて、それぞれのステージでクリアすべき法務タスクをロードマップ形式で見ていきましょう。
創業期:アイデアを事業の「土台」に乗せる
創業期は、アイデアという「種」に法的な骨格を与え、事業という「芽」を出すための、まさに一番大事な時期です。この段階での法務のゴールは、事業の土台をがっちり固め、将来トラブルになりそうな芽を徹底的に摘み取ることです。
ここで手を抜いてしまうと、後々の成長フェーズで、事業の根幹を揺るがすような大きな問題に発展しかねません。
- 法人設立と許認可の取得
株式会社か、合同会社か。事業モデルに最適な法人格を選び、設立登記を済ませます。事業内容によっては特定の許認可が必要な場合もあるため、事前に必ず確認し、必要な手続きを進めましょう。 - 創業者間契約書の締結
共同創業者と「なあなあ」の関係は禁物です。株式の持ち分、それぞれの役割、そして万が一誰かが途中で離脱する場合のルールなどを明確にした契約書を交わしましょう。口約束は避け、必ず書面に残すのが鉄則です。 - 秘密保持契約(NDA)の整備
外部の協力者や取引先に事業アイデアを打ち明ける前に、必ずNDAを結びましょう。これは、自社の貴重な情報を守るための最初の防衛線です。
創業期の法務は、家を建てる前の「基礎工事」と似ています。表からは見えにくい部分ですが、この土台がしっかりしていなければ、その上に立派な家は決して建ちません。
成長前期:事業を加速させる「仕組み」づくり
サービスが軌道に乗り、顧客や従業員が増えてくるのが成長前期です。このフェーズの課題は、事業の拡大スピードに法務が遅れないよう、社内外のルールを整え、「仕組み化」することです。
- 雇用契約と労務管理体制の整備
人を雇うなら、雇用契約書や就業規則の準備は必須です。労働基準法などのルールを守り、働きやすい環境を整えることは、優秀な人材を惹きつけ、長く活躍してもらうための大前提です。 - サービス利用規約・プライバシーポリシーの作成
提供するサービスに合わせて、ユーザーとの間の権利や義務を定めた利用規約を作り込みます。同時に、個人情報の取り扱いルールであるプライバシーポリシーを整備し、個人情報保護法を遵守する体制を構築しましょう。 - 基本的な契約書ひな形の準備
業務委託契約書や販売代理店契約書など、ビジネスで頻繁に使う契約書のひな形を用意しておくと便利です。これにより、取引のたびにゼロから作成する手間が省け、ビジネスのスピードを維持できます。
成長後期:さらなる飛躍と「上場」を見据えた体制強化
事業が安定軌道に乗り、M&AやIPO(新規株式公開)といった次のステージが現実味を帯びてくるのが成長後期です。この段階では、これまでとは比較にならないほど高いレベルのガバナンスとコンプライアンス体制が求められます。
投資家や市場から厳しい目で見られることを前提に、社内管理体制をプロフェッショナルな水準へと引き上げていきましょう。
- 内部統制・コンプライアンス体制の構築
取締役会や株主総会の適切な運営、社内規程の網羅的な整備、そしてコンプライアンス研修の実施などを通じて、組織的な不正やミスを防ぐ仕組みを作り上げます。 - 知的財産戦略の深化
自社の技術やブランドを守るだけでなく、他社の権利を侵害していないかという視点も重要になります。ライセンス契約なども活用しながら、知的財産を戦略的に管理していくフェーズです。 - IPOやM&Aに向けた法務デューデリジェンスの準備
将来の資本政策を見据え、いつでも外部の調査(デューデリジェンス)を受けられる状態を整えておきましょう。契約書や議事録といった重要書類を整理し、法的なリスクがないかを常にチェックしておく必要があります。
事業フェーズ別 法務対応チェックリスト
企業の成長段階ごとに、優先して取り組むべき法務タスクを一覧にまとめました。自社の現在地と、次に取り組むべきことを確認するのにお役立てください。
| 成長フェーズ | 主な法務課題 | 具体的なアクション例 |
|---|---|---|
| 創業期 | 事業の法的基盤の構築と、将来のリスクの芽摘み | ・法人設立、許認可取得 ・創業者間契約書の締結 ・秘密保持契約(NDA)の準備 ・基本的な知的財産権(商標など)の保護 |
| 成長前期 | 事業拡大に対応できる社内外のルールと仕組みづくり | ・雇用契約書、就業規則の整備 ・サービス利用規約、プライバシーポリシーの作成 ・各種契約書のひな形準備 ・株主総会、取締役会の適切な運営 |
| 成長後期 | 高度なガバナンス体制の構築と、外部からの評価への備え | ・内部統制、コンプライアンス体制の強化 ・知的財産戦略の策定と実行 ・IPO/M&Aに向けた法務デューデリジェンス対応 ・インサイダー取引規制など、上場企業レベルの規程整備 |
この表はあくまで一般的な目安です。自社のビジネスモデルや業界の特性に合わせて、柔軟に対応していくことが重要です。
どのフェーズであっても、専門家の視点は非常に重要です。自社の状況に合った具体的なアドバイスが必要だと感じたら、ベンチャー法務に強い専門家に相談してみるのも賢い選択肢の一つです。
契約書レビューで失敗しないための実践ポイント
ビジネスにおけるあらゆる約束事を「形」にする契約書。これは、会社という船を守るための生命線です。
しかし、スタートアップの現場では、インターネットで入手したテンプレートをそのまま使ったり、相手から渡された契約書をよく読まずにサインしてしまったり、といったケースが驚くほど多いのが実情です。
その一瞬の気の緩みが、後々大きなトラブルの火種となり、事業の存続そのものを揺るがしかねません。ここでは、スタートアップが特によく取り扱う契約書に絞って、レビューで失敗しないための実践的なポイントを解説していきます。
業務委託契約書で見るべきポイント
フリーランスや外部のパートナーに仕事を依頼する際に交わすのが業務委託契約書です。この契約書で最も重要なのは、「何を」「いくらで」「いつまでに」行うのかを、誰が読んでも解釈がブレないレベルで具体的に記載することです。
- 業務範囲の明確化
「Webサイト制作一式」のような曖昧な表現は避けましょう。デザイン、コーディング、サーバー設定、公開後のメンテナンスまで、どこからどこまでが業務範囲なのかを細かくリストアップすることが重要です。曖昧さは後々のトラブルの元になります。 - 成果物の権利は誰のものか?
制作されたロゴやプログラムの著作権がどちらに帰属するのかを明確に定めておかないと、後から「作ったはいいけど、自由に使えない」という事態になりかねません。「成果物の知的財産権は、委託料の完済をもって委託者に移転する」といった一文を必ず盛り込みましょう。 - 検収と支払いのルール
完成物をチェックする「検収」の期間や方法、修正を依頼する場合のルールを決めます。支払いのタイミング(着手金、納品時など)も明確に合意しておくことで、金銭的なトラブルを未然に防げます。
契約書は、ビジネスが順調な時のためだけではなく、「万が一」のトラブルが発生した時のために存在します。曖昧な言葉は、いざという時に解釈で揉める原因にしかなりません。常に「最悪の事態」を想定し、具体的な言葉でリスクの芽を一つひとつ摘んでいきましょう。
秘密保持契約書(NDA)の落とし穴
外部の企業と協業を検討する際、最初に交わすことが多い秘密保持契約書(NDA)。つい軽く考えがちですが、ここにも思わぬ落とし穴が潜んでいます。
一番のポイントは、「何が秘密情報にあたるのか」という定義の範囲です。自社のコア技術や顧客リストなど、絶対に守りたい情報がきちんとカバーされているか、しっかり確認しましょう。逆に、相手から提示されたNDAでこの範囲が広すぎると、自社の活動が不当に制限されてしまうリスクもあります。
「秘密保持義務の期間」も重要です。一般的には契約終了後3〜5年とすることが多いですが、事業の根幹に関わるような情報であれば、より長い期間を設定したり、「別途当事者が合意するまで」といった柔軟な形にしたりすることも検討すべきです。
株主間契約書は「創業者の憲法」
複数の創業者で会社を立ち上げるなら、株主間契約書は絶対に作成してください。これは、創業者同士が守るべきルールを定めた、いわば「会社の憲法」です。
特に、以下の3点は必ず盛り込みましょう。
- 株式の譲渡制限
創業者が勝手に自分の株式を見ず知らずの第三者に売却してしまうと、会社の経営は混乱します。他の株主の同意なしには譲渡できない、といった制限をかけるのが一般的です。 - デッドロックの解消方法
創業者同士の意見が真っ二つに割れて経営が停滞(デッドロック)してしまった場合に、どうやって最終決定を下すのか。その解決ルールをあらかじめ決めておきます。 - 創業者離脱時の株式の扱い(レベスティング)
創業メンバーの誰かが途中で辞めてしまった場合、その人が持つ株式を会社や他の創業者が買い取れるようにするルールです。これにより、会社に貢献していない株主が残り続ける、という不公平な事態を防ぎます。
契約書のレビューは、専門知識が必要な場面も少なくありません。「少しでも不安だ」と感じたら、安易にサインせず、専門家のアドバイスを仰ぐのが賢明です。
ビジネスを守り、育てるための「知的財産」という武器
スタートアップにとって、独自のアイデアや苦労して開発した技術は、まさに事業の心臓部です。この目には見えない資産を法律の力で守り、ビジネスを成長させる強力なエンジンへと変えていくのが「知的財産(知財)戦略」の役割です。
知財戦略と聞くと、他社からの模倣を防ぐ「守り」のイメージが強いかもしれませんが、その真価はむしろ「攻め」にあります。自社の優位性を確固たるものにし、新たなビジネスチャンスを切り拓く武器として活用することに、知財戦略の醍醐味があるのです。
まずは自社の「お宝」を見つけ出す
知財戦略を考える最初のステップは、自社が持つ「お宝」、つまり守るべき資産が何なのかを正確に洗い出すことです。
- 技術的なアイデア(特許): これまでにない画期的な仕組みやアルゴリズム、製造方法など。
- ブランド名やロゴ(商標): サービス名や会社のロゴは、顧客からの信頼を積み重ねる「顔」です。
- デザイン(意匠): プロダクトの見た目やアプリのUIなど、オリジナリティのあるデザインも資産です。
- コンテンツやコード(著作権): ブログ記事やソフトウェアのソースコード、動画などは、創作した瞬間に自動的に著作権が発生します。
まずはこれらをリストアップし、どれが事業の根幹を支えているのか、優先順位をつけてみましょう。
「外部委託」で権利を失う、ありがちな失敗
スタートアップの法務相談で後を絶たないのが、外部のエンジニアやデザイナーに開発を委託した際の知財トラブルです。ここで契約を曖昧にしてしまうと、せっかく生まれた成果物の権利が、自社のものではなくなってしまうという致命的な事態を招きかねません。
例えば、アプリ開発を外部に委託した場合、契約書で著作権の帰属を明確にしなければ、原則としてその著作権は制作者(開発会社)のものになります。これは、自社がそのアプリを自由に改修したり、他社にライセンスしたりできなくなることを意味し、事業成長の大きな足かせとなります。
業務委託契約では、「納品物の知的財産権は、報酬の支払いをもって、すべて発注者に移転する」という一文を必ず入れてください。これは、自社の資産を守るための最低限の防衛ラインです。
「攻めの知財」で企業価値を最大化する
知的財産をしっかりと保護していることは、資金調達やアライアンスの交渉でも大きなアドバンテージになります。投資家や提携先の企業は、参入障壁が高く、簡単に模倣されないビジネスを高く評価するためです。
事実、日本でも知財への意識は年々高まっています。特許庁の報告によれば、2022年の中小企業の特許出願件数は約35,007件、大学発ベンチャーの数も2023年には4,288社に達しました。独自の技術やアイデアを知財で固め、競争力の源泉とすることの重要性が、広く認識されてきた証拠と言えるでしょう。
従業員が生み出した発明の扱いは?(職務発明)
従業員が仕事の中で生み出した発明(職務発明)は、原則として会社のものにできます。ただし、そのためには就業規則や個別の契約で、あらかじめルールを決めておく必要があります。
ここで忘れてはならないのが、発明をした従業員に対して「相当の利益」(報奨金など)を支払うことが法律で義務付けられている点です。このルールをきちんと整備しておかないと、後から従業員に高額な対価を請求されるといった思わぬトラブルに発展する可能性もあります。
知的財産戦略は、専門知識が求められる非常に奥が深い分野です。自社の技術やブランドをどう守り、どう活かしていくべきか。少しでも迷ったら、弁理士のような専門家に相談するのが一番の近道です。
資金調達を成功させる法務デューデリジェンスの備え
スタートアップにとって、資金調達は事業を飛躍させるための大きなチャンスです。しかし、その最終関門として待ち構えているのが、投資家による厳格な企業調査、「法務デューデリジェンス(法務DD)」です。
これは、投資家が「この会社に投資して大丈夫か?」を法的な側面から徹底的にチェックするプロセスで、会社の健康診断のようなものです。ここで重大な法的リスクが見つかると、評価額が下がったり、最悪の場合、投資そのものが白紙になったりすることもあります。
投資家は、会社のどこを見ているのか?
法務DDで投資家が見ているのは、企業の「過去」「現在」「未来」に潜むあらゆる法的リスクです。彼らは、単に書類が揃っているかだけでなく、その裏側にある事業運営の健全性やガバナンスの質を厳しく評価します。
具体的には、次のようなポイントが念入りにチェックされます。
- 株式まわり: 株主構成はクリーンか?過去の株式発行に法的な問題はないか?株主間契約は整備されているか?
- 契約書: 事業の根幹となる重要な契約書に、自社に不利な条項や隠れたリスクはないか?
- 知的財産: 事業の武器となる特許や商標は適切に保護されているか?他社の権利を侵害していないか?
- 許認可: ビジネスに必要な許認可は、すべて取得・更新されているか?
- 労務関係: 従業員との雇用契約は適法か?未払いの残業代はないか?
- 紛争リスク: 現在または将来発生しうる訴訟や紛争のリスクはないか?
これらの項目は、日々のベンチャー法務そのものです。つまり、法務DDは特別な準備というより、日頃の法務管理の「通知表」のようなものと考えると分かりやすいでしょう。
法務DDで指摘されがちな典型的な問題点
実際の法務DDの現場では、多くのスタートアップが似たような点で問題を指摘されがちです。その原因のほとんどは、創業初期の「後でやればいい」という少しの油断だったりします。
投資家は、単なる法的な不備だけでなく、それを放置してきた経営陣の「管理体制の甘さ」も見ています。小さなほころびが、将来の大きなリスクにつながることを彼らはよく知っているのです。
特に注意すべき、よくある問題点をリストアップしました。自社が当てはまっていないか、今すぐチェックしてみてください。
- 株主総会や取締役会の議事録がない、または内容が不十分
会社の重要な意思決定プロセスが記録されていないのは、ガバナンスが機能していない証拠と見なされます。 - 創業者間契約を結んでいない
共同創業者間のルールが口約束のままだと、「将来、仲間割れするリスクが高い」と判断されます。 - 重要な契約書を、相手方のひな形で不利な内容のまま結んでいる
契約レビューを怠った結果、自社に一方的に不利な義務や解除条項が残っているケースです。 - 残業代の未払いや社会保険の未加入
労務コンプライアンス違反は、後から多額の支払いを命じられる「隠れ債務」と見なされ、投資家が最も嫌うリスクの一つです。
これらの問題は、指摘されてから慌てて対応しようとしても、すぐには解決できないものばかりです。日頃からの地道な法務管理が何よりも大切になります。
DDに自信を持って臨むための、日頃からの備え
では、いつ法務DDが来ても慌てないためには普段からどんな準備をしておけばよいのでしょうか。ポイントは、「整理整頓」と「仕組み化」です。
- 重要書類のデータ管理を徹底する: 契約書、議事録、定款、登記簿謄本など、法務関連の重要書類はいつでもすぐに取り出せるように、クラウドストレージなどで一元管理しましょう。
- 契約書台帳を作成する: 締結した全ての契約書について、相手方、契約期間、更新日、主な内容などを一覧できる台帳を作成します。
- 定期的な法務のセルフチェックを行う: 四半期に一度など、定期的に自社の法務状況を見直す日を決め、許認可の更新漏れや新しい法律への対応などを確認します。
企業法務への意識は世界的に高まっており、投資家が企業のコンプライアンス体制を重視する傾向は今後ますます強まるでしょう。
法務DDは、資金調達の成否を分けるだけでなく、自社の管理体制を客観的に見直す絶好の機会です。もし準備に不安があるなら、専門家の力を借りるのも賢明な選択です。
自社に最適な法務パートナーを見つけるには?
事業が軌道に乗り始め、法務課題が複雑になってくると、「誰に相談するのが一番いいのだろう?」という新しい悩みが出てきます。法務のパートナー探しには、大きく分けて社内弁護士(インハウス)を雇う方法と、外部の法律事務所(アウトソース)に依頼する方法の2つの選択肢があります。
会社のステージや予算、解決したい課題によってベストな選択は変わってきます。
インハウス vs アウトソース、それぞれの強みと弱み
まずは、それぞれの選択肢のメリットとデメリットを整理してみましょう。
社内弁護士(インハウス)
- 強み: 事業への理解が深く、日々の細かな相談にも迅速に対応できます。経営陣の近くで、法務だけでなく事業戦略にまで踏み込んだアドバイスが期待できます。
- 弱み: 採用と維持にかかるコストが大きくなります。また、一人の弁護士が法務全域を完璧にカバーするのは難しく、専門外の高度な問題への対応が難しい場合もあります。
外部の法律事務所(アウトソース)
- 強み: 必要な時に、必要な分だけ専門家の力を借りられるため、コストを柔軟にコントロールできます。M&AやIPOといった特殊な分野で、トップクラスの専門家を見つけられるのも利点です。
- 弱み: 自社のビジネスモデルやカルチャーを深く理解してもらうまでには、ある程度の時間が必要です。日常的な相談に対して、社内弁護士のようなスピード感での対応は難しいかもしれません。
創業期やアーリーステージのように、まだ法務案件が多くない段階なら、外部の法律事務所と顧問契約を結ぶのが現実的でしょう。その後、事業が急拡大して日常的に法務判断が必要になったら、インハウス弁護士の採用を検討するのが一般的な流れです。
信頼できる専門家を探すための具体的なアクション
実際に自社にぴったりの専門家を見つけるためのステップをご紹介します。
- 人づてを頼る: 同じ業界の経営者仲間や、ベンチャーキャピタル、金融機関からの紹介は、信頼度の高い情報源です。
- 「専門分野」と「実績」を確認する: 弁護士と一括りに言っても、得意分野は様々です。「スタートアップ法務」「IT」「知財」など、自社の事業ドメインに詳しいかどうか、ウェブサイトや過去の実績をチェックしましょう。
- 「相性」を確かめる: 専門知識があるのは大前提です。その上で、コミュニケーションのしやすさや、ビジネスを理解しようとしてくれる姿勢が重要です。初回相談などを活用し、「どうすれば事業を前に進められるか」という視点で提案してくれるかを見極めましょう。
信頼できるパートナーは、事業成長の強力なエンジンになります。ぜひ、妥協せずに探してみてください。
ベンチャー法務、経営者がつまずきやすい「よくある疑問」
ここでは特に経営者の皆さんからよくいただく質問をいくつかピックアップし、実用的な視点からお答えしていきます。
Q1. 顧問弁護士は、いつから頼むのがベスト?
A. 絶対的な正解はありませんが、外部との契約が増えてきたら、一つのサインだと考えてください。
例えば、資金調達を始める、初めて社員を雇う、他社と本格的な業務提携を結ぶといったタイミングです。これらは事業がスケールする嬉しい瞬間であると同時に、法務リスクが一気に高まるタイミングでもあります。
トラブルが起きてから慌てて弁護士を探すのではなく、事業が順調なうちから気軽に相談できるパートナーを見つけておくのが理想です。
Q2. ストックオプションを発行したい。何に気をつければいい?
A. ストックオプションは優秀な人材を惹きつける強力なカードですが、設計を間違えると後々大きな問題になりかねません。特に押さえておきたいポイントは、次の3つです。
- 誰に、どれだけ渡すか?(付与対象者と比率)
誰に、全体の何パーセントを渡すのか。将来の資金調達で新たな投資家が入ってくる余地も考慮し、慎重に設計する必要があります。 - どうなったら権利が使えるのか?(権利行使の条件)
一定期間の継続勤務(べスティング)や事業目標の達成などを条件に組み込むのが一般的です。これにより、会社への貢献意欲を引き出すことにつながります。 - 手続きはちゃんと踏んでいるか?(法的手続きの遵守)
株主総会での決議や登記といった、会社法で定められた手続きを正確に行うことが不可欠です。手続きに漏れがあると、発行したストックオプションが無効と判断されるリスクすらあります。
ストックオプションの設計は、単なる福利厚生ではなく、会社の未来の株主構成を決める資本政策そのものです。長期的な視点で考えることが成功の鍵を握ります。
Q3. 法務にかける費用を、うまく節約する方法は?
A. 限られたリソースの中で法務体制を整えるには、「メリハリ」が重要です。
日常的に発生する秘密保持契約(NDA)の締結や簡単な契約書のチェックは、質の高いテンプレートを用意し、チェックリストを作るなどして、社内で対応できる仕組みを作りましょう。
一方で、資金調達の投資契約、M&A、事業の核となる知財戦略といった、会社の命運を左右する場面では、お金を惜しまず専門家の知見を借りるべきです。「費用が高いから」と相談をためらった結果、後から何倍もの損失を被ることは珍しくありません。どこに費用をかけ、どこを自分たちでやるのか、この見極めが何より大切になります。
実際に専門家に相談するには
ベンチャー法務がカバーする範囲は広く、そのすべてを自社だけで対応するのは困難です。少しでも「これで大丈夫かな?」と不安に思うことがあれば、専門家の力を借りるのが、結局は一番確実で、近道です。
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本記事は2025年10月31日時点の情報に基づいて作成されています。税制や法律は改正される可能性があるため、実際の判断にあたっては最新の情報を確認するか、税理士などの専門家にご相談ください。本記事の内容によって生じた損害について、当方は一切の責任を負いかねます。